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2021年度優駿エッセイ賞落選作品 獺祭

21/10/25

 この作品は雑誌『優駿』で毎年行っている「優駿エッセイ賞」に2021年度に応募したものです。2004年に応募した時は初の応募ながら1次選考を通過しましたが、今回は見事に(17年連続)1次選考で落選しました。入選作の著作権はJRAに帰属することになっていますが、本作品は入選はしていないので著作権は私にあると判断し、この場を借りて公開します。


獺祭

 今年の正月、近所のスーパーの初売りに出かけたら、酒売り場である日本酒が目に入ってきた。山口県の銘酒「獺祭」である。その酒を手にとって私は、一週間ほど前に中山競馬場で観戦したあるレースの勝ち馬を思い浮かべていた。その馬の名はメイショウダッサイ。昨年暮れの中山大障害の勝ち馬である。 酒のラベルに記された説明によると、「獺」はカワウソという意味で、「獺祭」とは獺が捕らえた魚を岸に並べてまるで祭りをするようにみえるところから、詩や文をつくる時多くの参考資料等を広げちらす事だそうだ。馬券の検討をするのに新聞や各種書籍・雑誌等を広げ散らしながら予想する私のスタイルも獺祭の範疇なのだろうか?

 その獺祭を由来として名付けられた馬メイショウダッサイの生産牧場はグランド牧場。私はそのオーナーブリーダーであるグランド牧場のファンである。ファンになったきっかけは粋な名前の馬が多いから。カミワザ、ホンモノ、イッポンゼオイ、オトコップリなど粋な馬名は枚挙にいとまがない。その牧場のホームページにはユニオンオーナーズクラブに提供した馬の紹介があった。私は馬名を付ける際のネーミングセンスに惹かれてその牧場に注目し始めたので、生産者というよりも馬主としてのグランド牧場のファンなのだが、一口出資するのなら「馬主グランド牧場」という馬には出資しようがない。そこで、グランド牧場の生産馬に出資すべく、ユニオンオーナーズクラブに入会することとした。
 そのクラブで最初に出資した馬がサンビスタという馬である。入会したのは11年の5月であり、2歳世代の募集締め切りの直前だった。その時点で父スズカマンボ、母ホワイトカーニバルというバリバリのグランド牧場血統のこの馬が残っていた。母は重賞勝ち馬で、父も地味ながらそこそこ活躍馬を出している種牡馬なので血統的に魅力的だ。また、その馬はかの名門角居勝彦厩舎に入厩予定である。角居調教師は元グランド牧場社員だ。リーディング上位の厩舎でもなかなか使ってもらえなければ意味が無いが、出身牧場の馬なら大事に使ってもらえるだろう。この魅力的な馬が満口になっていないのなら出資するしかない。というわけで、サンビスタ号に出資することとした。
 その馬はGI2勝を含む重賞6勝と期待以上の活躍をした。しかも、そのうち一つは牡馬も混じった中央のGIチャンピオンズカップである。ダートの中長距離で牡馬一線級と互角に戦える牝馬など滅多にいるものではない。牝馬がJRAのダートGIを勝ったのは史上初の快挙だった。
 そして、チャンピオンズカップの当日、私は中京競馬場でサンビスタの口取り式に出席した。一口出資馬がGIを勝つことはそうそうあることではない。まして、その出資馬GI勝利の際に口取り式に参加できるなんて、一生に一度あればいい方だろう。
 そのサンビスタの従弟にあたるのが前述のメイショウダッサイである。しかも同じスズカマンボ産駒。サンビスタの母父をミシルからスキャターザゴールドに入れ替えた様な血統構成である。四分の三は同じ血統だ。ミシルもスキャターザゴールドもミスタープロスペクター系の種牡馬なので、四分の三以上の血統の近さである。
 この馬には障害オープン入り初戦で阪神ジャンプSに出走してきた時から注目していた。その時は3着だったが、オープン入り後はすべて3着以内の安定した成績である。3着だったのは初オープンの阪神ジャンプSと、J・GI初挑戦の19年中山大障害だけで、それ以外はすべて連対している。
 そして20年の中山グランドジャンプ、あの障害王者オジュウチョウサンに3馬身差の2着だった。勝ち馬には3馬身差及ばなかったものの、3着馬には大差を付けた。血統的に晩成と思われるため7歳ではあるが、まだまだ成長するだろう。暮れの中山大障害では今回の3馬身差が縮まる、いや、逆転もあるかも知れないと思った。

 私は中山グランドジャンプを創設以来ずっと現地観戦してきていたが、昨年は新型コロナの影響で無観客開催となってしまった。しばらくして中央競馬は制限付き開催となったが、事前に抽選で座席を確保できないと入場できない。暮れの中山大障害も制限付き入場だった。このレースも往年の障害の名馬ポレールが初めて勝った年から毎年現地で観ている。今回は制限付き入場となったが、無事に指定席が当選し、生観戦することができた。
 その中山大障害にメイショウダッサイが登場した。しかし、そこには先ほど「暮れの中山大障害では今回の3馬身差が縮まる、いや、逆転もあるかも知れないと思った」と書いたオジュウチョウサンの姿は無かった。京都ジャンプSで最終障害に脚をぶつけて3着に敗れ、中山大障害は回避したのだった。
 障害重賞13連勝をした春のグランドジャンプの覇者オジュウチョウサンがいなければ、メイショウダッサイの勝利はほぼ確実だろう。多くのファンがそう思ったのだろうか、メイショウダッサイが一番人気に支持された。私ももちろんその馬を本命とした。
 当日の中山競馬場では中山大障害だけではなく、ホープフルSも行われた。同日にGIが2レース行われるためかファンファーレは生演奏だった。生演奏のJ・GIのファンファーレは今まで記憶にない。生ファンファーレが厳かに鳴り響き、レーススタートである。
 馬たちがコースを四分の三周してきて谷を下って上ると、襷コースに設けられた最初の難関大竹柵が待ち構えている。全馬無事に飛越した。最後の馬が飛越を終えると、場内に拍手が沸き起こった。ここでシンキングダンサーが先頭に変わった。
 さらに四分の三周すると、今度は大生垣。ここも全馬無事に飛越。大きく離された最後方のアズマタックンが飛び終えると、場内からはまたもや拍手が上げった。
 大生垣を越えて正面に入ると、メイショウダッサイが3番手あたりまでポジションを上げた。コーナーを曲がり向正面に入ると、ケンホファヴァルトが先頭に並んだ。3〜4角に設けられた最終障害はケンホファヴァルトが先頭で飛越。ここで後方にいた馬が派手に落馬し、その影響なのか、さらにもう一頭落馬していた。
 最後の直線では依然ケンホファヴァルトが粘っている。そのまま逃げ切れるかというところで、外からメイショウダッサイが猛追してきて、先頭でゴールを駆け抜けた。鞍上の森一馬騎手が嬉しそうな表情を浮かべた。
 メイショウダッサイが勝った瞬間、場内から大きな拍手が上がった。前述のようにサンビスタと同生産者で似た血統のずっと応援してきた馬が、J・GIタイトルを手にすることができて、本当に嬉しい。2着のケンホファヴァルトを押さえてなかったので馬券は外れたが、その悔しさなどどうでもいいぐらい嬉しかった。
 勝ち馬がゴールした時は大きな拍手が上げったが、最後に馬群から大きく離されてアズマタックンがゴールした時はパラパラとしか拍手が上げらなかった。しかも、私が拍手したらそれに釣られるように何人かが拍手しただけだった。どんなに離されたビリでも完走したんだから讃えてやろうよ。
 大障害の魅力の一つは、上位馬がゴールしていても観客のほとんどが最後の馬がゴールするまでレースを見続け、最後の馬が完走すると温かい拍手が自然発生することだ。今回は制限入場とはいえ、それがなかったのが残念だ。競馬場全体がどうかはわからないが、私の周囲はそんな感じだった。同日行われたホープフルSを目当てに来場して、中山大障害はついでという人も多かったのだろうか?
 メイショウダッサイの父スズカマンボは芝のGI天皇賞・春の勝ち馬である。彼の代表産駒といえば自身と同じグランド牧場の生産馬でダートGIの覇者サンビスタと、今回障害GI馬となったメイショウダッサイだ。他の牧場生産馬ではオークスを勝ったメイショウマンボがいる。GIを勝った産駒は現時点でこの3頭だが、芝、ダート、障害とバラエティに富んでいる。
 正月に買った銘酒「獺祭」を飲みながらWebサイトでJRA賞の発表のニュースを見ていると、最優秀障害馬がメイショウダッサイに決まったとのことだ。中山グランドジャンプ5連覇の偉業を達成したオジュウチョウサンを大差で上回る得票数である。直接対決ではオジュウチョウサンが勝っているものの、J・GIで2回とも連対したのが評価されたのだろう。私はこのニュースを肴に、自宅で銘酒「獺祭」を片手に乾杯するのであった。その酒が美味しく感じられるのは酒そのものの風味だけではなく、その名を付けられた名馬の活躍にも拠るものもあるのだろう。

 それから4ヶ月後の中山グランドジャンプでは六連覇のかかるオジュウチョウサンとメイショウダッサイの一騎打ちムードだった。1番人気はメイショウダッサイ。私は2年ぶりに現地に行き、2頭の馬連で勝負した。
 オジュウチョウサンは10歳という高齢のせいもあってか5着に敗れ、馬券は外れてしまったが、メイショウダッサイは見事に4馬身差の勝利を挙げた。正真正銘の前王者を倒しての勝利。メイショウダッサイには今後も障害界を牽引し、獺が捕った魚を並べるが如く勝利を積み重ねることに期待したい。


[あとがき]
大好きなメイショウダッサイについての作品です。今年の中山グランドジャンプを観戦に行った後、正月に買った酒を思い出しながら書いたものです。最後に「メイショウダッサイには今後も障害界を牽引し、獺が捕った魚を並べるが如く勝利を積み重ねることに期待したい。」と書いたのですが、残念ながら故障してしまい、今年の秋は全休となってしまいました(;_;)。

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