「無念の最期〜天皇賞・秋」之巻

 「府中の東京競馬場の三コーナーと四コーナーのあいだに、悪霊がすみついているってのは本当かね」と、スシ屋の政が言った。
 だが、誰も「まさか」とか「うそだよ」とかは言わなかった。それどころか、酒場に集まった連中はシンとなってしまったのだ。
  (略)  
 なぜ、この三コーナーと四コーナーの間でばかり、こうした事故が相次ぐかといえば、それにはちょっとした仔細がある。それは金貸しの極楽婆さんの説明によると”墓のたたり”だということに、なるのである。実際、府中の東京競馬場の三コーナーと四コーナーのあいだのコースわきに古い墓がある。この墓は、昭和四年に目黒から府中へ競馬場が移ってきたとき、林と田圃を造成していたら、土の中から出てきたという因縁物で、井田是正の墓ということになっていた。
 井田是正とは誰か、ということも問題だったが、ともかく「墓だけは、きちんと建て直してやろう」ということになり三コーナーと四コーナーのあいだに建て直した。しかし、その墓が埋もれていた傍らの大ケヤキは、馬場を作るのに邪魔だということになって、二人の人夫が切った。ところが、このケヤキを切った人夫が二人とも急死してしまったのである。
 それ以来、ケヤキを切ったのは墓のたたりだと思われるようになった。そして残ったケヤキを切るのを引き受ける者がいなくなってしまった。死人の機嫌をとるために”是正特別”というレースが設けられたりしたが、たたりの事故はいっこうに絶えなかった。

(寺山修司「競馬への望郷」より)

  小倉記念之巻でも紹介したが、スズカと似たような芸風の芸人でサイレントハンターというのがいる。スズカよりも先輩だが、やはり知名度・実力ともにスズカのほうが抜きんでているようである。そのサイレントハンターとサイレンススズカが競演することになった。舞台は昨年スズカが湧かした舞台である府中の天皇賞・秋である。

 昨年はただ一人の新人という立場で頑張ったスズカであるが、今回の共演者を顔ぶれをみると有力どころはスズカの同期である。メジロブライト、シルクジャスティス、ステイゴールド、サンライズフラッグなど。同期だが舞台を共にしたことのあるのは宝塚で競演したステイゴールドだけだったりするが。(ちなみに、サイレンススズカと事務所と同じゴーイングスズカもここで登場しているが、例によって本稿ではスズカと書いたらサイレンススズカを指すこととする。)

 このスズカの同期が多いこの公演で一年先輩のサイレントハンターが登場である。スズカとは初共演である。似たような芸風だけに観客が期待するところである。どんな舞台になるのだろうと。

 ところがふたをあけてみるとスズカのほうが格段うわてだった。昨年と同じ様な馬鹿逃げである。サイレントハンターはついてこない。ついてこれないのか。スズカの独り舞台じゃないのと観客は思っていた。

 しかし、・・・・

 ハプニングは突然起こった。井田是正の墓のある三コーナーと四コーナーの間でである。体を張った芸でやや疲れ気味のスズカを是政の「たたり」が襲う。スズカはすぐさま舞台を降りるがたたりには勝てなかった。彼は静かに息を引き取ったのだ。多くのファンに見守られながら。

 戦場で死ぬのが軍人の本望である。ということは舞台の上で死ぬことがスズカの本望だったのか?「死人に口無し」である。それは誰にもわからない。一世を風靡した者が全盛期をとっくに過ぎて忘れ去られたことにひっそりと息を引き取るか、それともその輝いていた時代に多くのファンに惜しまれながら息を引き取るか。結果的にスズカの場合後者となってしまったのである。

 天皇賞・秋がどんな結果に終わったかはここでは書かない。なぜならこの物語はスズカが主人公でスズカを中心に回っているからだ。スズカが舞台を降りたあとのことを書いてもしかたがないのである。

 多くの人々を魅了し、多くの人々を楽しませ、そして多くの人々に愛されたサイレンススズカ。彼の勇姿はこれからも多くの人々の記憶の中に生き続けるであろう。


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