日本でフロンティアスピリッツの溢れる場所といえば北海道。馬産地として有名であり、牧場見学ファンならお馴染みの地であろう。その北海道には世界で北海道でしか行なわれていない「もう一つの競馬」がある。そう、北海道遺産にも指定されているばんえい競馬である。
世界で北海道でしか行われていないばんえい競馬であるが、昨年旭川・岩見沢両市が撤退の意思表示をし、北見もそれに追随せざるを得ず、廃止が必至となった。北海道が世界に誇る馬文化であるのでぜひ存続して欲しい。特にばんえい競馬を舞台とした「雪に願うこと」(原題:轢馬)が映画化されて注目を浴びたのだから、もう一度営業戦略・広告戦略を練ってみても良かったと思う。だが、何もせずに廃止決定である。「儲からないからやめます。」北海道遺産であるばんえいの存否にこれだけの理由でいいのだろうか?
私が初めてばんえい競馬を観戦したのは99年夏、岩見沢競馬場である。岩見沢駅のホームで電車を降りると、そこには馬(ばんえい馬)の大きな木像が飾ってあった。この像を見ても、(当時の)この街がばんえい競馬に力を入れていることが伺えた。かつては平地競走のホッカイドウ競馬も開催されていたが、この時点ですでにばんえい専門競馬場となっていた。
さて、岩見沢の駅をおりてバスターミナルで競馬場行きのバスに乗りこむ。バスの中では子供が一緒に来ていたおばあちゃんに「どこいくの?」と聞いて、おばあちゃんが「お馬さんを見に。」と答えていた。こういう街で育った子供は「お馬さん」といえばサラブレッドの約2倍の体重を持つばんえい馬のことを思い浮かべるようになるのだろう。
20分ほどバスに揺られた後、競馬場に到着。やはり普段サラブレッドを見なれている人間にはばんえい馬は大きく感じられる。岩見沢競馬場では以前は普通の競馬も行われていたのでダートコースも用意されていたが、使われなくなったので錆びれている。
ばんえい競馬はたった200mほどのレースだが、なかなか見ていて熱くなる。馬達が重いソリを引きずりながら人間が歩くスピードと大差の無い速度で走るのだ。スタート時はスタート地点で見ていて、スタート後は最もデッドヒートする第2障害まで歩いて移動し、最後にゴール前まで移動して見るという観戦方法も可能である。
ばんえい競馬のコースは2つの障害があるが、一番の見所は高い障害である第2障害。第1障害と第2障害の間で馬はいったん息を入れるために止まる。一気に障害を駆け上がるとバテてしまうのでいったん休ませてスタミナを蓄えるのだ。そして一気に坂を駆け上がる。重いソリを引いているため、坂の途中で止まってしまうとえらいことになるが、それでも止まってしまう馬もいる。第2障害を難なく越えた馬だけが、上位争いに参加することができるのだ。
レース中は馬具に付けてある鈴のようなものがリンリンと鳴っている。と思ったのだが、それは間違い。そりに付けている「おもり」がぶつかり合って金属音が鳴っているのである。また、馬の上ではなく後ろから馬を操る騎手が入れる鞭がやたら強烈である。残酷なように見えるが、ばんえい用の馬は皮膚が非常に厚いので強くいれないと反応しないのである。物を運んだり畑を耕したりといった一般の農耕作業に比べると馬にとってかなり楽だそうである。普段見ている平地競馬に出てくる馬は乗用馬だが、今ここで見ている馬は農耕馬なのである。
この日の馬券成績はメインの直前で三千円ほどプラスだった。ちなみに中央競馬と違いメインが最終レースである。そのうち三千円をメインレース一番人気の馬の単勝につぎ込む。そしたらその馬は惜しくもニ着。一着はとんでもない人気薄だった。そしてこの日の馬券収支は十円プラス。入場料(100円)にすらならない。それでも、収支は別にしてこの北海道だけで行われる「もう一つの競馬」を見れたことは非常によかった。ぜひ一度見てみる価値はあると思った。
そしてニ年後もう一度岩見沢競馬場を訪れた。他のばんえいの競馬場も見てみたいのだが、夏休みの時期に開催されているのが私が北海道に行く年は岩見沢競馬場ばかりなのである。午前中は札幌競馬場で中央競馬を観戦して、その後岩見沢へ移動というダブルヘッダーである。
巨大な馬が重いソリを曳いて力強く走る。その迫力がばんえい競馬の魅力である。普通の競馬はイギリスの貴族が自分の馬のスピードを競わせる遊びに端を発しているいわゆるブルジョワ階級のお遊びが起源となっているが、このばんえい競馬は開拓時代の北海道で働く人たちが木材や荷物を運ばせる馬の能力を競わせるという庶民の生活の中で生まれたものが発展したものなので、より愛着が感じられる。世界中でも北海道でしか見ることのできないレース。見るだけでも価値があるだろう。
いくら見るだけで価値があるといっても馬券を当てたい。サンデーブライアンとヤマノトップガンというサラブレッドの名前をパクったような名前の馬が揃って出走しているレースがあった。このレースも1番人気ヤマノトップガンの単勝を買うが外れ。メインレースも外しその時点でノーホーラ。残すは最終レースのみ。
その最終レースはこの日大一番の勝負をする。そしたら堅めのところで馬連が的中。押さえの堅めのところで的中だったので岩見沢駅からのタクシー代程度の儲けだった。
そのばんえい競馬も3市が撤退したが、「雪に願うこと」の舞台帯広では開催が存続されることとなった。そこで帯広単独開催決定後の帯広競馬場を訪れた。帯広競馬場で行なわれはするものの4市で行なわれる最後の開催である。その日、中央では高松宮記念が行なわれていたが、帯広ではばんえい記念が行なわれていた。ぜひ見てみたいレースなので帯広まで行くことにしたのだ。帯広で場内をうろついていると「雪に願うこと」の看板が何箇所か見られた。
今年から残念ながら岩見沢・北見・旭川の各市が撤退して北見だけの開催となってしまったばんえい競馬であるが、その存亡の危機にあるばんえい競馬をテーマとして扱った映画「雪に願うこと」がJRA馬事文化賞を受賞した。東京で起業して一時は大成功して華やかな生活を送っていた北海道出身の男が、事業に失敗して多額の借金を抱え、逃げるようにして北海道でばんえい競馬で調教師を務める兄のもとへ身を寄せて居候し、人生の大きな転落を味わいながらも、ばんえいの厩舎の厳しいが温かく人間味の溢れる世界で暮らす話である。
ばんえい競馬は単なる自治体のカネ稼ぎの場ではなく、北海道遺産にも指定されている「文化」である。だから、ぜひ存続してもらいたいし、また、多くの人にその良さを知って欲しい。今回の受賞は非常に朗報である。世界で北海道にしかない(そして今年からは帯広にしかない)素晴らしい馬事文化なのであるから。