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2016年度優駿エッセイ賞落選作品 そして口取りへ

16/10/29

 この作品は雑誌『優駿』で毎年行っている「優駿エッセイ賞」に2016年度に応募したものです。2004年に応募した時は初の応募ながら1次選考を通過しましたが、今回は見事に(12年連続)1次選考で落選しました。入選作の著作権はJRAに帰属することになっていますが、本作品は入選はしていないので著作権は私にあると判断し、この場を借りて公開します。


そして口取りへ

 2015年のチャンピオンズカップ、私はスーツを着込んで中京競馬場のガラス張りの指定席でレースを観ていた。最後の直線で「デムーロ!」とガラス越しに何度も叫ぶと、デムーロ騎手を乗せたその馬は私の叫びに応えるように伸びて来た。そして前を行く馬を交わして先頭でゴールを駆け抜けた。場内には実況の「サンビスタ」という声が流れてくる。中京競馬場で行われるようになって2回目のチャンピオンズカップをサンビスタが勝ったのだ。
 馬券は馬連で勝負をしていたので、1着の馬が決まっただけでは的中かどうかは分からない。しかし、私は1着の馬を確認すると2着の馬が何かも確認しないまま、一目散に座席から後ろの通路に向かった。そして大急ぎで4階の指定席エリアから階段を駆け下り、1階にある総合インフォメーションを目指した。

 サンビスタは私の一口出資馬であり、そのチャンピオンズカップでは口取り式への参加権利が当選していたのである。だから口取りの集合場所である総合インフォメーション前を目指したのだ。その日は指定席をとってあったのだが、メインレースのチャンピオンズカップは勝った時に口取り集合場所にすぐに行けるように集合場所から近い場所で観ようとした。ところが、人が多すぎてその場所からは全然レースを見れそうもなかった。さすがは一年間で最も混雑している中京競馬場である。そこで4階の指定席に戻って観戦していた。サンビスタが勝つのかどうか半信半疑だったが、勝利を確認した瞬間、猛ダッシュで集合場所へと向かった。一生に一度あるかないかのGIの口取り式。せっかくその権利を手にしたのだから、集合に間に合わずに参加できないということは避けたい。そう思って一目散に口取り集合場所へと急いだ。やがてクラブの係員や他の出資者と思わしきスーツ姿の人達が視界に入ってきた。みんな嬉しそうな表情だ。どうにか間に合い、口取りに参加できるようだ。

 サンビスタは前年のチャンピオンカップでは4着だったのだが、その時はJBCレディスクラシックを勝った後で余力があったので、急遽参戦を決定して臨んだレースだった。しかし、この年は最初からここを目標としてきて、ミルコ・デムーロ騎手を鞍上に据えての参戦である。二連覇を目指した前走のJBCレディスクラシックは3歳馬ホワイトフーガにちぎられて2着に敗れているものの、他の馬には完勝だったので、昨年(JBCレディスクラシックに勝利)と比べてもステップとして悪くない内容である。それでいて単勝が50倍を超えるのは美味しすぎるので、馬券的にも本命とした。
 スタートはきっちり決めて、道中は中団の内側に付けて、コーナーは最内の経済コースを回ってきた。そして直線に入ると開いた所をうまく抜けて、前でやりあっていた馬たちを交わして伸びてきた。私が「デムーロ!」と大声で何度も叫ぶと更に加速して、1馬身半抜け出して勝利を物にした。

 出資馬がGIを勝つということ自体なかなかあることではない。ましてその口取りに参加できるなんて一生に一度あればいい方だろう。感無量である。検量室では角居厩舎ブログでおなじみの前川助手が嬉し泣きをしていた。地方競馬と違って中央競馬では口取り写真もウイナーズサークルの近くの観客席から見えるエリアで撮影する。芝コースに出ると埒の向こうにはGIの表彰式に注目している多くの人達の姿が見える。もちろん観客のほとんどは口取り式に参加した20人の出資者の一人である私には注目などしていない。しかし、我が愛馬サンビスタには大いに注目している。それで十分だ。荷物置きに行っていたら遅くなり最も端の場所となったが、多くの観客の見守る中、口取り写真に収まった。それは一生忘れられない思い出になるだろう。
 口取りが終わって、携帯が使えるようになってから2着以下の結果を確認した。2着はノンコノユメだった。馬券も当たってることが判明。サンビスタを軸に流した馬連万馬券が的中し、二重の喜びとなった。
 サンビスタ号を管理する角居調教師はレース後のコメントで「まだ走れそうだし引き続き好調なので東京大賞典も視野に入れる」と話していて実際に登録もあったのだが、関係者で協議をした結果、チャンピオンズカップをラストランとして引退する運びとなった。厩舎サイドとしてはぎりぎりまで使いたいが、牧場サイドはこれだけ結果を残したのだから早めに繁殖入りさせたいのだろう。
 結果的にラストランで大金星を挙げ、有終の美を飾ることとなった。最後に競走馬生活の中で最も大きな仕事をしてくれた。

 思えばこの馬に出資するために一口馬主クラブのユニオンオーナーズクラブに入会した様なものだった。
 私はオーナーブリーダーであるグランド牧場のファンである。ファンになったきっかけは粋な名前の馬が多いからというものだ。カミワザ、ホンモノ、イッポンゼオイ、オトコップリなど粋な馬名は枚挙にいとまがない。そのグランド牧場のホームページを見るとユニオンに提供した馬の紹介があった。グランド牧場はユニオンの株主であり競走馬を提供しているようだった。ファンになった理由は馬名を付ける際のネーミングセンスに惹かれたというものなので、どちらかといえば「生産者グランド牧場」よりも「馬主グランド牧場」のファンなのだが、一口出資するのなら馬主はそのクラブ(正確にいうとクラブと連携している競走馬所有会社)になるので「馬主グランド牧場」という馬は当然のことながら出資しようが無い。というわけで「生産者グランド牧場」の馬に出資すべく、ユニオンオーナーズクラブに入会することとした。
 入会したのは2011年の5月であり、2歳世代の馬の募集締め切りの直前だった。その時点で父スズカマンボ、母ホワイトカーニバルというバリバリのグランド牧場血統の馬サンビスタが売れ残っていたのである。母は重賞勝ち馬であり父も地味ながらそこそこ活躍馬を出している種牡馬なので血統的に魅力的だ。また、その馬はかの名門角居勝彦厩舎に入厩予定である。角居調教師は元グランド牧場社員。リーディング上位の厩舎に入ってもなかなか使ってもらえなければ意味が無いが、角居厩舎にグランド牧場生産の馬が入厩するのなら大事に使ってもらえるだろう。このような魅力的な馬が満口にならずに残っているのなら出資するしかない。というわけで急遽入会し、サンビスタ号に出資することとした。

 その馬には「GIIIの1つか2つは勝つだろう」と思って出資したのだが、GI2勝を含む重賞6勝と期待以上の活躍をした。しかもGIのうち1つは牡馬も混じった中央競馬のGIチャンピオンズカップという偉大なる実績である。ダートの中長距離で牡馬一線級と互角に戦える牝馬など滅多にいるものではない。ジャパンカップダート時代も含めて牝馬がチャンピオンズカップを勝つのは史上初のことだ。そもそも牝馬がJRAのGIを勝つこと自体史上初の快挙だ。

 厩舎側はまだ使いたかっただろうが、牧場側にとっては大事な自家生産の繁殖牝馬である。単に強いとか血統が良いというだけではなく、牧場のゆかりの血を何代も重ねてきた馬である。曾祖母であるグランドリームがグランド牧場にやって来て、それにパークリジェントを付けてイエローブルームという馬が産まれた。そのイエローブルームにミシルを付けて産まれた牝馬ホワイトカーニバルが重賞フェアリーステークスを制覇。余談だがそのちょっと前にグランド牧場の所有馬でフェスティバルという馬が活躍したので、この時期のグランド牧場の所有馬にはカーニバルと付く馬名が多い。そのホワイトカーニバルにグランド牧場生産馬として初のGI馬となったスズカマンボを付けて産まれた夢の血統の馬こそサンビスタである。同じラテンミュージックでもマンボではなくサンバなのは、母の名前のカーニバルからリオのカーニバルに因んだ馬名としたのだろう。そんな牧場ゆかりの血統の牝馬なので、結果も残したしこのまま無事に繁殖に上げたかったのだろう。
 (一口)馬主的にはもう少し走って賞金も稼いで欲しかったというのが本音であるが、クラブ規定では牝馬は6歳2月で引退のところを延長してもらい、その1年弱でそれまで以上の活躍を見せたのだから、これ以上を望むのは贅沢なのかもしれない。

 翌年3月、大阪のホテルの宴会場でサンビスタ号チャンピオンズカップ優勝祝賀会が行われた。これで引退ということもあり、以前行われたJBCレディスクラシックの祝賀会よりも多くの人が参加していた。種付けシーズンのせいかグランド牧場の社長さんは来ていなかったが、社長夫人が挨拶をした。前年の夏に牧場見学に行った時に案内してくれた方だが、私のことは覚えているだろうか?
 その社長夫人の挨拶の中で、サンビスタには初年度の種付け相手としてルーラーシップを付けたということが発表された。現役時代は同じ角居厩舎に所属していた馬だ。楽しみな血統である。生まれる前から所属厩舎が決まっているようなものだ。もし、ユニオンで募集されるのならぜひ出資したい。
[あとがき]
 2年連続で一口出資馬のサンビスタのネタです。この1年で最も印象深く思い出に残ったことといえば間違いなく愛馬のGI勝利による口取り参加なので、自己満足な内容になるのはわかっていたものの取り上げてみました。

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