あの時代はソビエト連邦がまだ健在で、日本の仮想敵国として君臨していた時代だ。そして青函トンネルがほぼ貫通していたが、開業はされていないという時代である。ちなみに阪神大震災はまだ起こっていない。
この小説は「ソ連軍がある日突然北海道に侵攻してきた」という設定のもとで、北海道を占領された日本人たちの振る舞いを描いた作品である。日本人という民族の特徴が面白おかしく風刺的に書かれている。
舞台はエベレスト山頂にはじまり、ジュネーブ、オアフ島、帝国ホテル、神戸(作者の筒井康隆が住んでる街)、青函トンネルの中、そして北海道のあちこちといろんな場所にまたがる。
この小説では作者である筒井自身(役名は「おれ」)が登場する。彼が自分の小説に登場するのは「筒井順慶」以来20年ぶりだと作品中で述べている。また、小松左京、星新一、かんべむさし、石川喬などのSF作家も実名で登場する。
SF作家は実名だが、コメディアン森下義和が登場しソ連軍につかまり洗脳されてしまう。本の付録みたいな感じで小説の主な登場人物45人のイラストがついているが森下はタモリ=森田一義そっくりのいでだちをしている。その他にも米ソの軍人や日本の右翼のボス、アイヌ人など登場人物は多岐にわたっている。
このように多彩な登場人物やさまざまな舞台設定の中で筒井独特の日本に対する風刺が演じられるところが魅力だが、この作品を彩るために作られた歌というのが作品中に楽譜入りで付されている。一例をあげると「ワンノート北海道」という演歌。何がワンノートかというとnoteつまり音符が一つしかないお経のような歌だということである。これはどっかの会社の社長の音痴でしょうがない娘を歌手にするために作られたという設定である。ワンノートサンバというジャズ(だったかな)があるらしいが、演歌で同じことをやってのけたのだろう。例が悪かったが、このように歌というものがふんだんに登場し、ストーリーを盛り上げている。
こんな面白い設定でドタバタが演じられ、しかも有事のときの日本人がとるであろう行動というものを鋭く描いた(ここいらは小松左京の「日本沈没」に似てるといえなくもないな)逸品である。「歌と饒舌の戦記」とはそんな小説である。